松本聖十字教会で働いている金善姫の色々


by yoihime

<   2008年 06月 ( 1 )   > この月の画像一覧

力と愛と思慮分別の霊                          

司祭 ペテロ 渋澤一郎
 
四月一日付けで松本聖十字教会の管理牧師に任命されました渋澤一郎です。これから信仰生活を共にさせていただきます。どうぞよろしくお願い申し上げます。とは言え、わたしは上田におりますのでいつも皆様と関わることができないことをお許しください。その代わり、金 善姫聖職候補生が定住しておりますので金聖職候補生を支え、育てていただき、元気な教会造りを目指してまいりましょう。
 今年の主題聖句は「神は、おくびょうの霊ではなく、力と愛と思慮分別の霊をわたしたちにくださったのです。」(テモテ 二1:7)です。わたし自身はとても元気が出る聖句だと思います。わたしの好きな聖句のひとつでもあります。かつて、植松従爾主教が「みなさんは洗礼・堅信を受け、聖霊をいただいているのだから何でも出来るのです。」とよく説教でおっしゃっておられたことを思い出します。たしかに聖霊がついていてくだされば何でもできるのです。わたしたちは聖霊の働きを過小評価してはいないでしょうか。「わたしは何も出来ないから」というのは聖霊の働きにすべてを委ねていないことなのかもしれません。わたしたちは間違いなく聖霊をいただいているのですから、うぬぼれではなく、もっと自信を持って信仰生活を送りましょう。わたしたちがいただいているのは決して「おくびょうの霊」ではないのですから。
 使徒言行録の聖霊降臨の出来事は大変劇的に描かれていますが、聖霊の働きは案外小さな、うっかりすると見逃してしまうようなものではないかと思うのです。旧約聖書の列王記上には預言者エリヤの物語があります。彼はアハブ王と王妃イゼベルから命を狙われ、命からがら荒野に逃げていきます。そして、神様に、「もう十分です。わたしの命を取ってください。」と弱音を吐くのです。 しかし、彼はその時、神様の声を聞き、再び力を得て元来た道を戻って行きます。彼を生き返らせた神様の声はどこから聞こえたかと言いますと、激しい風の中からでも、地震の中からでも、火の中からでもありませんでした。神様の声は静かなささやきとして聞こえたのでした。その静かにささやく声を聞き、エリヤは生きる力を回復したのでした。
 聖霊の働きも同じではないかと思います。聖霊は小さなしるしを通してわたしたちに語りかけ、行動を促して来るのです。その小さなしるし(声)を聞き逃さないように、見逃さないようにしなければなりません。小さな気付きを大切にし、それに気付いたら、それを勇気を持って実行に移しましょう。わたし一人の小さな行為などは教会の働きの中ではたいしたことはないのだなどとは決して思ってはなりません。神の国は、はじめは目に見えないほどの小さなからし種と同じなのです。しかし、それは成長して鳥が巣を作るほど大きくなるのです。小さな業をおろそ
かにしてはなりません。神様の力を信じましょう。
そして、愛の行為は積極的に行いましょう。聖霊は愛の霊です。愛において神様の力は最も大きく働くのです。更に、熱く、しかし、冷静な心も同時に持ちましょう。何が聖霊の導きであり、促しなのか冷静に判断しましょう。思慮分別を欠いた信仰は単なる個人的な感情にしか過ぎないことがあるからです。わたしたちみんなが力と愛と思慮分別の霊をいただいていることを大切にし、どんな小さなことでも、いや、むしろ小さなことこそ神様の働きであることを覚え、これからの教会生活、信仰生活を共に送ってまいりましょう。
[PR]
by yoihime | 2008-06-08 06:36 | 『聖十字』